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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さ(略)~柳生宗冬のまき~ 

柳生宗冬(1613または1615~1675)
宗矩の三男。通称・又十郎。初名は俊矩→宗冬。
母は、兄・十平衛と同じおりん。左門は異母兄、裏柳生で有名な(違)列堂義仙は異母弟である。
十四歳で家光の小姓として出仕するようになる。
柳生家の資料『玉栄拾遺』によると、最初宗冬は「積聚(せきしゅう)の病」があり、剣術も好きではなかったようだ。
しかし、十八歳の時に土井(利勝?)の屋敷で猿楽を観た折、その芸の妙に感心しそれがもとで兵法への興味も持ち、鍛錬をはじめるようになる。
1639年に兄・友矩が亡くなり、1646年には父・宗矩が他界。そして1650年に兄・三厳が急逝し、三男だった宗冬が江戸柳生家の家督を継ぐこととなる。(このとき、三厳と宗冬に分与相続された遺領のうち、兄の八千三百石を継ぎ、自分の四千石は返上している。)
1656年、四代将軍家綱の指南役となる。1661年には将軍の世子・綱吉から入門の誓紙を受ける。
晩年、池のほとりの柳を見ているとき、ふと池の中のボウフラの動きから兵法の奥旨を開眼し「柳陰」を号するようになったという。


忠明「父上に最も性質が似ているらしいな」
宗冬「ええっ・・・」
宗矩(えっ、嫌なの?ショックだ・・・)

忠明「・・・もう少し言葉を選んでやるといいと思うぞ、父君がしょげている」
宗冬「え、そういう意味の『えー』ではないんですよ。私のようなへっぽこが、最も父上に似ているなんて畏れ多いではないですか」
忠明「だ、そうだぞ。よかったな」
宗矩「やめろ又十郎、自分を卑下するのはよくないぞ」
忠明「言葉と顔が合っていないぞ」
宗冬「もともと、兵法は嫌いだったんです」
宗矩「一時期は本当に、稽古さえ嫌がっていましたからね」
忠明「なぜそこまで嫌だったのだ?剣術は武士とは切っても切れぬものだぞ」
宗冬「わかってはいたんですが、私が物心付いた頃は世の中は徳川の天下で、泰平の世の中へ向けて進もうと言う只中でした、そこで、どうしても疑問に思ってしまったのです・・・“戦わない世の中で、戦うための兵法を学ぶ意味とは?”・・・と」
忠明「ふむ、世代による価値観の差と言うやつか」
宗矩「・・・」
宗冬「それに、新陰流の技は十平衛兄や左門兄がしっかり引き継いでやってくれそうだし、私は気楽に書物でも蒐集しながら暮らしてもいいかなぁ、なんて甘い気持ちで居たのも事実ですね」
忠明「俺の息子でそのような考えなら、足腰立たなくなるまで修行させるところだが・・・」
宗矩「又十郎は積聚(つみあつめる=収集癖)と積聚(せきしゅう=東洋医学での胃の病)の、両方をわずらっておりまして・・・」
宗冬「体の不調を言い訳にして、自分と向き合うことから逃げていたんです。兵法に関しては、兄たちとの技量の差に勝手に劣等感からやる気を無くしていましたし」
宗矩「私も、又十郎の覇気のなさは心配のタネでした。まぁ、ありすぎてどこかの方のように倣岸不遜になっても困り物ですが」
忠明「ぬ、」
宗冬「家光様の小姓として城に上がることになっても、私の中の気だるい感覚は消えませんでした。そんな時です。父上から土井様のお屋敷での猿楽の観劇に誘われたのは」
宗矩「ちょうど、猿楽のシテ方喜多流の流祖である喜多七太夫殿が土井様の屋敷で演ずるとのこと、道は違えども猿楽の道を極めた芸道の妙技を見て、何か感じてくれればと」
忠明「確かにどんな仕事でも一芸に秀でた者の技からは得るところがあるものだからな」
宗冬「実際、観に行って衝撃を受けました。所作の一つ一つは安定していて、観客へ訴えかける迫力も持ち、打ち込む隙もなく、芸道とは極めればここまで素晴らしいものなのかと。そして、これまでの己の兵法への不真面目さがたまらなく恥ずかしいものに思えました」
忠明「父親の思惑は見事に当たったわけだな」
宗矩「ま、又十郎は能にも興味を持っていましたし、一番興味のあることにからめて教えるのが近道だと考えたまでです。猿楽観劇で気付いてくれたのは、我が意を得たりというか、嬉しかったですね」
宗冬「自分の技量でどこまで兄上たちの腕前に近づけるかはわかりませんが、真面目に取組んでみると兵法もとても面白く、また父上が目指す『泰平の剣』も理解しようと務めるようになりました」
忠明「根は素直で、実直な息子さんだな」
宗矩「最初は柳生家の者としての自覚も薄くて心配しましたが、これで安心しました」
宗冬「私とて柳生家の漢です!」
忠明「息子たちが順調に育っていくのは喜ばしい事だ」
宗矩「・・・十平衛は酒乱で柳生に引きこもり、左門は尻一つで寵愛を受けそうになり、頼みの綱は又十郎がまっとうな人間に育ってくれること・・・だったりするんですよ、実際問題」
宗冬「ち、父上!そんなことをぶっちゃけては!」
忠明「次代を育てることの難しさという奴だな」
宗矩「まったくもって、己の未熟さを子供から教えられること多々あり、です」
宗冬「こういうことを言ってはなんですが、兄たちの失敗を見て、それを繰り返さぬように己を戒めたのは事実です。父上ほど、他者との間合いの取り方は上手くはありませんが」
忠明「その努力は、家綱公の代でしっかりと実を結んだようだな。一時は旗本になっていた柳生家は宗冬殿の代で大名に復帰している。これは父親の遺功ではなく、おぬし自身の評価に対する対価だろう」
宗矩「そこに関しては、私が死んだら遺領は息子たちに分与するよう、私が遺言しておいたんです。ただでさえ、一兵法家の家が大名になったことで、風当たりは強かったですし・・・あと大目付的な意味でもいろいろ言われてましたし。後を継いだものに、大名たる器量が無ければ、旗本のままでも構わない・・・そう思いもしていました」
宗冬「そうそう、十平衛兄が急死されて、その遺領を継いだ時にも私の持っていた四千石は“返上した”というよりも“返上させられた”というほうが正しいのですよ」
忠明「大名に復帰したけりゃ、実力を見せろということなのか」
宗矩「そんなところですかね。カッコつけさせてもらえれば、宗矩最後の息子への試し、なんてね」
宗冬「良くも悪くも印象の強い父上でしたからねぇ・・・だったらこっちは実直さとホッとする存在感で勝負ということで」

忠明「そうだ、忘れていたことがあった」
宗冬「なんでしょうか?」
忠明「入れ歯を見せてくれ」
宗冬「いいですよ、こう見えても当時の世界の入れ歯の最先端作品なんですよ!口中医・小野玄入作の逸品ですよ」
宗矩「入れ歯の技術は日本が一番進んでいたなんて、意外ですね」
忠明「これは精巧に出来ている、思わず墓にまで入れてしまうわけだ」
宗冬「いいでしょう~」
忠明「ついでに、列堂義仙について・・・」
宗冬「あんな不真面目な僧侶失格者の名前なんて出すんじゃねぇよ!!あんな馬鹿は弟でもなんでもねー!!」
忠明「!!」
宗冬「はっ、いや、あの、六丸とはその・・・あまり気が合わなくて」
宗矩「びっくりした・・・誰に似たんだそのキレると乱暴になる言葉遣い」
忠明「間違いなくお前だろう!」

つづく

宗冬さんでした。
時代小説だと、なにかにつけて気の毒なキャラだったり、影が薄かったりするわけですが・・・
実際の宗冬くんは、父の跡をしっかりと継いで柳生家を旗本から大名に復帰させた人なのであります。
なんというか、調べて思うことは「宗冬はやれば出来る子」、「大器晩成」という事です。
宗矩の高弟の一人、庄田喜左衛門とは仲が良かったのか彼と兵法談義をしており『宗冬兵法物語』として残っているそうです。機会があれば内容を知りたいものです。
宗矩死後、その遺領が十平衛と又十郎に分与されていますが、それが宗矩の遺志だったかどうかは定かではありません。山岡白宗矩的に、それに自分としても「宗矩がそう望んで」という想像の元の創作です。御了承ください。

余談ですが、兵法と能、というか新陰流と能には関連があり、こんな方を御紹介。
石舟斎の弟子の中に金春氏勝という猿楽士がいます。この人は能の「金春流」家元の息子ですが、兵法の道に傾倒してしまい石舟斎に師事して目録やら口伝やらを伝授されるまで兵法を修めています。あと宝蔵院流の槍も印可持ち。氏勝、このようにあまりに兵法に執心し家芸である猿楽をおろそかにして一時は父から勘当されてしまいます。その後許されて猿楽も相伝されますが、父に先立ち35歳の若さで亡くなります。しかし、やることやっていたようで、五男六女を設けており、金春流は息子たちに継がれました。新陰流の方は伝えられていないようです。しかし・・・35歳で亡くなってて、子供が11人とか・・・

と、長くなりましたが次回も気長にお待ちくださいませ。
柳生家関連は取り上げようと思えばそれこそいっぱい人がいるので、宗矩の高弟関連はまた機会を改めてお送りしたく。ぶっちゃけ「まだそこまで調べきれてませんごめんなさい」ってわけなんですが。
あと、列堂義仙(宗矩の六男)も、厳密には僧侶なので割愛します。

次回からは、「伊勢守とゆかいな高弟たち」です。
実は剣☆聖関連が一番やりたかった、そしてちゃんと説明できるのか一番不安です。生温い目で見ていただければと思います・・・それではまた次回~
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