FC2ブログ
10« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»12

行き当たりばったり 道中日記

  // 

信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

剣豪さ(略)~柳生厳勝のまき~ 

柳生厳勝(1552~1616)
石舟斎の長男。通称・新次郎。
1571年に宗厳、厳勝父子は松永久秀の軍の一員として戦った。この戦いにおいて厳勝は鉄砲で腰を撃たれ、体が不自由となってしまう。
その後は父と共に柳生の里に暮らした。
不自由な体となったと言われるが、厳勝55歳のときに父より『没茲味手段口伝書(もつじみてだてくでんしょ)』を相伝されており、怪我をしてからも兵法修行はかかさなかったと思われる。
柳生家の記録には「客中(よその土地で)亡くなる」とあるが、実際は亡くなるまで柳生の里にいたのではないかと考えられている。


厳勝「別に叱りに来たのではないぞ?」
忠明「そうだ、兄上がせっかく来てくださったのだぞ。もっと嬉しそうにできんのか」
宗矩「いや、新兄を見ると、とりあえず謝っておこうかなって思って・・・」
厳勝「又右!」
宗矩「は、はいぃ!」
忠明「むぅ・・・なんという気迫のこもった怒鳴り声だ、腹にずんと響く」
厳勝「お前は柳生家の当主なのだぞ、そのように情けない態度でどうする!」
宗矩「ご、ごめ・・・あ、すいませ・・・ううっ」
忠明「・・・や、柳生?」
厳勝「ふぅ、どうにも、うまくいかんな」
忠明「二人は仲がよくないのか?」
厳勝「大切に思うからこそ、叱りたくもなるのだ」
宗矩「単に、頭が上がらないだけです。新兄のことは尊敬しているくらいですよ」
忠明「そうなのか、しかし、距離感が微妙な気が」
厳勝「どうしても、年の差がなぁ」
宗矩「なんと言いますか、兄というよりは親のような感覚がありますね」
忠明「む、20近く離れているのだな」
厳勝「さすがに、40を過ぎての子供など、父上と母上の仲の良さには少しアキレたものだ」
宗矩「確か、俺が生まれたのは・・・」
厳勝「1月にお前が生まれて、8月に私が大怪我をしたな」
忠明「嬉しいことと悲しいことがいっぺんに起きた年だったのだな」
宗矩「塚原ト伝先生がお亡くなりになったのもこの年ですね」
厳勝「ト伝さまがお亡くなりになったのは3月、お前が生まれたのは1月だ。間違えるなよ?」
宗矩「い、いや、いくら俺でもあの方の生まれ変わりだなんて、そんな大それた妄想はしませんよ」
忠明「十平衛が石舟斎殿の生まれ変わりだと言われているから・・・」
宗矩「違いますっ!」
厳勝「まぁ、結果的に印象に残る出来事が重なっただけだ。私は重傷を負ったが、それでも一族が鎮痛にならなかったのは、五郎右や又右が居たからだ」
宗矩「新兄・・・」
忠明「家を継いでくれる子宝が居てくれるのは頼もしいものだろう」
厳勝「さよう。我が一族の良いところは、危機に直面しても折れぬところ。たがいに励まし、補い、生き抜けるしぶとさだと思う」
宗矩「里のみんなが一族のような結束ですからね」
忠明「なるほど、鎌倉の頃から、柳生一族と里が奪われても取り返し、生き続けているのもそのたくましさなのだな」
厳勝「だからこそ、腰を鉛玉で撃ちぬかれた位で腐ってはおれぬ。動かぬならば、動くようにするまででな」
忠明「己にも厳しいのだな」
宗矩「ほんと、名前の通りでしょう?周囲にもすごく厳しいんですよ、改名しろって何度も思って・・・」
厳勝「・・・否定はしない。だが、誰かが叱る役目を負わねばならんからな」
忠明「石舟斎殿がいるではないか。父は叱ったりするだろう」
厳勝「フン、父上は父上で、末の息子はかわいいと見えて甘やかそうとする・・・だから代わって私が厳しく締めるのだ」
宗矩「実際、家の切り盛りは親父じゃなく、新兄がまわしていたようなもので」
忠明「なんだ、なら家督を継いでもよかっただろうにな」
厳勝「それは違う」
忠明「と、言われると」
厳勝「確かに、私は生半可な兵法者よりも刀をうまく扱えるし、家の切り盛りもする。しかしな、それは柳生の里という中にいるからこそなのだ。外に出てしまえば、私はやはり怪我をひきずった不遇な侍でしかない」
忠明「ふむ、そういうことか」
厳勝「領地を全て失い、家人も養えなくなって、家族も動けるものは他方へ出て行くことになった。その時も、私は柳生の里を動くことが出来なかった。いくら手の者に探らせて各地の情報を得ても、それは間接的なものだ。又右は広い世の中を見て歩いた。それは大切な事だ。世の流れを見て、家という舟を安全に進ませるには、やはり」
宗矩「新兄っ!!もう、もう十分です、勘弁して下さい!!」
忠明「なんだ、褒めてもらっているのだからいいではないか」
宗矩「いや、必要以上にハードル上げられるとあとが怖いって言うか、褒められると気持ちが悪いって言うか」
厳勝「・・・そうか、では色々と思うところもある。望むとおりに叱ってやろう!」
宗矩「うわーっ、ごめんなさいー!!」

忠明「本当に細かいところまで叱られたな」
宗矩「いやー、怖い兄貴なんですよ。ほんとうに」
忠明「しかし、嬉しそうに叱られているように見えたが」
宗矩「そんなことありません。まったく、身内を呼ぶのはやめて欲しいですよ」

つづく

柳生家の長男です。間違ったことは言っていません。
先日御紹介した、柳生兵庫助利厳のお父さんです。
偶然でしょうが、宗矩が生まれた年に重大な怪我で体が不自由になってしまうという不運に見舞われています。
その後の暮らしぶりはあまりわかりませんが、父と共に柳生の里で暮らしていたようです。
ここは兄弟のセオリーでしっかり者のイメージで描いています。親子ほどの年の差で、兄弟というのはどうだったんでしょうね。色々と想像がふくらみます。

次回はまたも宗矩の兄弟が登場です。

拍手ありがとうございます。いろいろとしょうもないネタが多いですが、がんばります。
スポンサーサイト
剣豪さんいらっしゃい  /  tb: --  /  cm: --  /  △top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。