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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さ(略)~長野正次のまき~ 

長野正次(?~1649)
号は無楽斎。居合の無楽流の祖。
上州の長野氏の一族で、長野業正らと共に武田や北条と戦っていたと思われる。
長野氏本家が箕輪城で武田によって滅亡すると、正次が他家に仕えた記録は無く、再び仕えるのは上州に井伊直政がやってきた時である。
恐らくは、直政に仕えるまでの間(1565~1590)に剣術の修行をしたと考えられる。
弟子には上泉信綱の孫・義胤がいる。
無楽斎はいつも自家用牛に乗り、口綱を女の子に取らせていたと言う。が、生涯不犯だったといわれる。


宗矩「普通、自家用って馬ですけど・・・」
忠明「公家じゃあるまいし、牛車にでも乗っているのか?」
正次「いんや、牛に馬のように乗っているぞい」
宗矩「どうして牛なんですか?」
正次「牛は動きがまったりしてるじゃない」
忠明「それはそうだが・・・武士としてそれでいいのか?」
正次「馬で駆け回るばかりが武士ではないだろう」
忠明「むぅ、それはそうだな」
宗矩「それに・・・牛の口綱を女の子に取らせているって言うのも、どうなんですか」
正次「里で見かけた利発な美人をお持ち帰りする誰かさんよりは健康的だよ?」
宗矩「ぐっ」
忠明「なぜおなごなのだ」
正次「野郎に取らせて何が楽しいの」
忠次「・・・本当に不犯なのだろうな・・・」
正次「剣にかけて言える!おなごは眺めて楽しむのがいいんだよ」
忠明「柳生は見ているだけではおさまらぬのだ」
宗矩「そっ、それはともかく!無楽斎と号されていますが、何か理由はあるのでしょうか」
正次「楽したくないって気持ちのあらわれね」
宗矩「・・・」
忠明「・・・牛に乗っておなごに曳かせておいて」
正次「儂は若い頃、上州で叔父の業正殿と共に、武田や北条と戦う日々だった・・・」
忠明「おい、牛の話は」
宗矩「・・・強引に無視するつもりですね」
正次「しかし、叔父上の亡き後、長野本家は滅んでしまった。城からどうにか逃げたものの、先の展望はまるで立たなかった」
忠明「主家は滅び、帰る場所が無くなる、か・・・」
宗矩「戻る場所を失う辛さはわかります」
正次「そんな時に、業正殿が最も頼りにしていた武将・上泉秀綱殿が信玄の誘いを断り兵法修行の旅に出たと耳にしたのだ」
宗矩「おお、上泉先生!」
忠明「剣聖のその話は有名だな」
正次「儂はその姿に感動した。何かが終わると同時に、あの方には新たな道が見えていた。これまでを無為にすることなく、生きる道を見つけておられたのだ。それで、自分もひとつやってみようと思い立ったわけさ」
忠明「それが、兵法修行だったのだな」
正次「そう。折りよく林崎甚助殿が上州に来られてね。居合の動きに、すっかり魅せられてしまったので、弟子入りしたのだよ」
宗矩「ずっと甚助殿に師事されておられたのですか?」
正次「いや、しばらく教授していただいて、それから同じく林崎殿に学んだ田宮重政殿の元へも足を運び、教えを乞うた」
忠明「では、しばらくは廻国修行をしていたのだな」
正次「そうなるね。それから会得することがあって、上州に戻って『無楽流』を開いたんだよ」
宗矩「そこに、家康公が関東へ来られて・・・」
正次「うん。井伊直政様が箕輪に来られた。そこで長野の一族であった儂を探し出し、仕えてくれないかと誘われたのだよ」
宗矩「なぜ、井伊様に仕えようと思ったのです?」
正次「面白かったんだよ。直政殿がね」
忠明「おもしろい?」
正次「長野を滅ぼした武田も、織田に滅ぼされた・・・あの武田の赤備、それが今度は徳川殿の家臣に引き継がれて上州に戻ってくる・・・それがなにやらとても面白くてね。奇縁を感じてしまったのだよ」
宗矩「なるほど、不思議な縁ですね」
正次「おまけに、かつて尊敬していた兵法者の孫が、我が弟子となる日が来るとはね・・・本当に面白いよ」
忠明「上泉義胤殿か」
宗矩「世間って、広いようで狭いのかもしれませんね」
正次「切れてしまった縁が、思わぬところで繋がる・・・そこが人生の面白いところだねぇ」
宗矩「無楽斎殿は、井伊家家臣としても活躍なさっていますね」
忠明「小田原城攻めや、関ヶ原にも参加しているのだな」
正次「まぁね、北条に引導も渡せたし、ちょっと張り切っちゃったよね」
宗矩「五百石から三千五百石に加増を受けているのを見ますと、信頼ぶりが伺えますね」
正次「おかげで、隠居したら自家用牛とお付のおねえさんとのんびり過ごせたんだから、ありがたい話さ」

宗矩「牛ですか・・・」
忠明「それにおなご付きで」
宗矩「・・・ちょっと楽しそうですよね」
忠明「・・・やればいいだろう。別に止めんぞ」
宗矩「いやいやいや、さすがにそれは」
忠明「だろうな。そんなことをしたらまた十平衛の視線が白く」
宗矩「う、ううっ」

つづく

長野無楽斎さんでした。
井伊家の家老の長野さんと、兵法者の無楽斎は同一人物ではないと言う見解もあります。確かに、家老職まで巻かされた人が跡継ぎも立てずに独身でいるのも、それはそれでどうなんだと思わなくもないし、無楽流は実は井伊家では広まってなくて、なぜか福島のほうで伝わっていたり・・・。不思議。

次回はそんな無楽斎の弟子。天然剣聖の孫です。
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