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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さ(略)~師岡常成のまき~ 

師岡常成(1533~1593)
姓は「諸岡」とも。通称は平五郎。一羽は号。(号も、一巴、一端など諸説あり)
美濃土岐氏の一族で、父が江戸崎へ移り江戸崎土岐氏へ仕えることとなる。
塚原ト伝の弟子の一人で、「一の太刀」の奥義を伝授されたと伝えられる一人。
江戸崎土岐氏は北条家に仕えていた為、秀吉の小田原攻めで北条家が滅ぶと、佐竹家の葦名義広から再仕官をすすめられるも、辞退し兵法道場を開いた。
晩年に業病を発し、最後は弟子に看取られて息を引き取った。この最後の弟子たちが色々とドラマを生んでいるが、長いので省略。

※相変わらず事実と捏造が7:3位の割合ですが、御了承ください。

常成「特徴って・・・」
忠明「包帯ぐるぐるのイメージがあるな、小説とかで」
常成「あれは病で仕方なくだな」
宗矩「刑部殿もそうですが、全身包帯と頭巾ってインパクトありますからね」
常成「くっ、師匠の言うとおりになったのが口惜しい」
忠明「ト伝先生がなにをおっしゃたのだ?」
常成「お前は顔の印象が薄いから、顔に包帯でも巻いていればいいじゃろ・・・とな」
宗矩「もしかして、ト伝先生が存命の頃に包帯を巻いていたのは・・・」
常成「いや、少しは症状が出てはいた。と言っても、自分でも気にしない程度だったのだが、あの人が無理やり・・・」
宗矩「横暴な人には苦労しますよね・・・お察しします」
常成「ありがとう。今日は好きな姿で来ていいとの話だったので、こうして地顔で来られてよかったよ」
忠明「今日は遠いところご苦労様でした」
宗矩「・・・いや、まだ終わりませんからね!?」
忠明「む、そうだな」
宗矩「えー・・・それで」
忠明「業病とはどんな病なのだ?」
宗矩「忠明殿!!いきなりそんなアウトゾーンの質問をっ」
常成「前世で悪事を働いたりして、その業が身に現れる病なのだそうだ」
忠明「業がか・・・それは恐ろしいな」
宗矩「原因も不明なのですね」
常成「ああ。進行の度合いも人によって違う。10年もたない者もいればゆるゆると進む者もいる」
忠明「面相が変わるという事で、忌むものも多いな」
宗矩「私たちの時代は、病への認識もまだまだ一般には進んでいませんからね」
常成「幸いにして、私は兵法者としてそれなりに知られていたからか、病が顕著になっても弟子が残り、世話をしていてくれた。あれは嬉しいものだ」
宗矩「感心なお弟子さんですね」
忠明「それで済んでいたら美談で済んだのだろうがな」
宗矩「またそういうストレートな事を」
常成「ははは。美しく収まらぬのが面白いな。あいつらはあいつらなりに、それぞれ野心があることは知っていたから、俺が死んだら何かあるだろうと思ったが、後世の語り草となるとは愉快だな」
忠明「兎と熊の勝負は江戸でも随分盛り上がったらしいな。俺も見たかった」
宗矩「勝手に人の名前を略さない!」
忠明「だって、変な名前だろうが。根岸兎角と岩間小熊だぞ」
宗矩「まぁ、確かに・・・土子泥之助も、名付けた人の真意を測りかねる変わった名前ですよね」
常成「俺が付けたんだが」
宗矩「はっ!いやっ、す、すみません・・・!」
忠明「なんで全員変な名前なのだ」
常成「簡単に言えば、奇抜な名前で覚えてもらう為だな。名を売ることは兵法者にとって必要だからな」
宗矩「確かに、お三方とも忘れがたい名前の響きですね・・・奇抜で」
忠明「意外と単純な理由なのだな」
常成「おいおい、誰でもお前たちのように名のある家に生まれた武士ではないのだ。身分の低い武士は、名の売り方を選んではおれぬ」
宗矩「た、確かに、兵法者は食うか食わずの生活が多いですよね」
忠明「むぅ・・・まだまだ修行が足りんな」
常成「あいつらもそんな身分の低い、でも名前を歴史に刻みたい野心を持った者たちだった。だから、見た目で名前を付けてみたのだ」
宗矩「なるほど、根岸殿は見た目が兎のようで・・・岩間殿は小熊っぽかったと」
忠明「熊はいいとして、兎は、兵法者なのにそんな弱そうなのでいいのか?」
常成「ギャップを狙ってみた」
宗矩「は、はぁ・・・それで・・・残るお一人」
忠明「土子泥之助・・・泥とは一体どういう意味で付けたのだ」
常成「ん?あいつに初めて出会ったとき、田んぼで泥まみれになっていたからだ」
宗矩「・・・」
忠明「さすが、ト伝先生の高弟だな」
常成「感心しているところすまないが、最後にこれだけは言わせてくれ」
宗矩「なんでしょう」
常成「俺が病で包帯だらけだったのは晩年だ!人生の殆どは包帯なしだから覚えて置くように!」
忠明「・・・とはいえ、地顔で出てくるなんてどの小説でもないし、ここでももうないだろうな」
常成「くっ・・・インパクトが・・・くそっ!」

宗矩「忠明殿、なんですか今日の突っ込みすぎた発言は」
忠明「相手はト伝先生の高弟だからな」
宗矩「それと今日の無遠慮な発言がどう結びつくんですか」
忠明「俺は強い相手には手を抜かぬのだ」
宗矩「・・・はぁ、もう・・・」

つづく

師岡一羽さんでした。ト伝の弟子では結構好きな方です。茨城にはお墓もあるそうなので、ぜひ訪れてみたいものです。一羽の流派は「一羽流」と呼ばれその流れの先には新撰組の近藤さんで有名な「天然理心流」があります。

次回は、家康の指南役でもあった松岡兵庫助さんです。

最近更新が飛び飛びで申し訳ありません。急に仕事が忙しくなり、時間が取りづらくなっております。気長にマターリやっていこうとおもいますので、のんびりお付き合いください。
いつも見てくださる方々、ありがとうございます。
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