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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さ(略)~北畠具教のまき~ 

北畠具教(1528~1576)
伊勢国司。多芸御所とも。
従五位下侍従→左中将→権中納言と、朝廷から官位をもらってトントン拍子に出世したセレブな人。
しかし、兵法に興味を持ち、塚原ト伝(一説には秘伝・一の太刀を相伝されたとも)と上泉信綱のダブル剣聖に学んでおり、織田信長とガチで戦ったり、息子に家督を譲ってからも実権は握るなどアクティブなお方。
最後まで信長に対立する気概を持っていたため、信長により暗殺される。
息子は暗愚とか言われ、とあるSLGでは泣きたいくらい低いステータスである。


忠明「・・・ご最後があんなだから、てっきりもっとゴツイ人かと思ったな」
宗矩「し、失礼な!もっと発言には気を遣ってくださいよ」
具教「ま、最後はきっと鬼の形相でしたから、お気になさらず」
忠明「家臣に裏切られて暗殺されれば、鬼にもなるだろうな」
宗矩「義輝公といい、壮絶ですね・・・ト伝先生と伊勢守さまのお二人を師に持ったお二人共とは・・・」
具教「別に死に様をお揃いにしようとは思っていなかったのですが」
忠明「偶然ってすごいな」
宗矩「そんな偶然はいらないと思います・・・」
具教「そうですねぇ、違いを見出すとすれば、刀が家臣によってことごとく刃を潰されていて、それで戦ったものですからよく斬れなくて逆に斬った家臣が地獄の苦しみを」
宗矩「い、いえっ!具体的なお話は、結構ですので!」
忠明「鈍刀だと斬るというよりは叩き潰すような感じだし、刃がボロボロだと斬り口が」
宗矩「あんたまで解説しなくていいです!!」
具教「いやぁ、戦いの話になると血が騒ぎますよ」
宗矩「名門で国司というと、もっと穏やかな印象がありますけど、割と血の気が多いんですね」
忠明(お前はお前でなかなか無礼な口をきいていると思うがな・・・)
具教「総合的な力を持たねば、代々土地を治める国司といえども倒される世の中ですから。父上も、近隣の長野氏を攻めよとおっしゃった時にこう言いました『殺られる前に殺れ』と」
宗矩「そう言った訓戒が、具教卿を育てたのですね」
忠明「とてもわかりやすい訓戒だな」
具教「それで、力をつけようと兵法を学んだのです。宗矩殿のお父上や宝蔵院胤栄殿との交流も、兵法数寄が高じて」
宗矩「具教卿のおかげで、うちの親父は上泉様にめぐり合うことが出来ました。ありがとうございます!」
具教「いえいえ。当時の畿内で随一の兵法家と言えば、あなたのお父君でしたからね。兵法の具流に私も一役買えたなら嬉しいです」
忠明「なぜ、畿内の具教殿が関東の上泉様をご存知だったのだ?」
具教「ああ、あのお方は山科言継卿と縁戚にあたられまして。そして私は言継卿と知己でして」
忠明「そのような繋がりがあったのか」
宗矩「言継卿と言うと、気さくで貴族らしくない、面白いお方だと聞いておりますが」
具教「あの方は、酒樽貴族ですよ。ぶっちゃけ」
忠明「ぶっちゃけ過ぎだろう」
宗矩「・・・酒を片手に『飲酒外交』をしながら朝廷への寄進を求めに旅をしていたという話は・・・」
具教「本当ですとも。しかも薬の調合にも詳しいから自分で酔い覚まし作ってそれを酒で飲んだりして」
忠明「とんでもないな」
宗矩「型破りですねー」
具教「あんまり酷いので、私は思わず禁酒令を発令したほどです」
忠明「破るとどうなるのだ?」
具教「処刑です」
忠明「厳しいな」
具教「嗜好品は過ぎると毒にしかならないのです。それを教えるにはこれくらいは・・・おや?どうかしましたか?」
宗矩「い、いえ、別にどうも」
忠明「煙草も過ぎれば毒にしかならないからな」
宗矩「やかましいわ!!」
具教「ははは、言継卿も禁酒令には辟易していましたね。さすがに気の毒で彼の滞在中に禁酒令は取りやめましたよ」
忠明「なかなか、領国経営とは難しいのだな」
具教「間の取り方が難しい。相手によって得物も技も違いますから」
宗矩「信長公との戦いはどうだったのでしょうか」
具教「私の読みを超えていましたね。信長殿の動きもそうですが、息子や家臣たちの動きも・・・最後には読み違いばかりでしたが、自己は貫いたと自負しています」
忠明「兵法家の橋渡しとしては、大成功だったわけだしな」
宗矩「そうです。具教卿のおかげです!」
具教「ふふ、それは嬉しいですね」

宗矩「・・・なんていうか、ドキっとするんですよね」
忠明「具教卿がか?」
宗矩「ええ」
忠明「どうしたのだ」
宗矩「名前の響きが・・・次男と同じなもので」
忠明「・・・お父上の知り合いだからではないのか」
宗矩「べ、べつに親父のことはどうだっていいんですよ」
忠明「そうか、息子と父と、両方か」
宗矩「そんなんじゃないって言ってるじゃないですか!」

つづく

北畠具教さんでした。
「貴人剣豪」にはこの方だけでなく、足利義輝ももちろん入ると思います。
調べてみると、ちゃんと戦国時代の武将らしい動きを見せている具教さん。禁酒令のことは山科言継日記にこれをなげく記述があります。また、剣豪としての逸話としては、ト伝の養子である彦四郎がト伝から「一の太刀は具教卿に教えてもらうように」と言われた話と、とんちで具教から秘伝を見せてもらった彦四郎の話があります。
また、暗殺の話には刀を抜けないように細工されてしまい、抜こうとしているうちに殺されたと言う説もあります。
異説としては、昭和に入ってから「実は死んだのは影武者で、本物は僧になって生きていた」なんて話が出たことがあったそうです。生存説はやはり、その人物に思い入れのある人にとってはロマンですよね。

次回はまだ続くよ、ト伝の弟子シリーズです。
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