FC2ブログ
10« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»12

行き当たりばったり 道中日記

  // 

信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

剣豪さ(略)~足利義輝のまき~ 

足利義輝(1536~1565)
室町幕府の第十三代征夷大将軍。
剣聖・上泉信綱と塚原ト伝から兵法を学んだサラブレッド。
争う大名同士の仲裁を積極的に行ったりして、幕府の権威の回復を狙ったが、その台頭を煙たく思った松永久秀ら三好の軍勢に居城・二条城を急襲され、30歳で暗殺された。

義輝「余の顔を見忘れたか!」
宗矩「え・・・」
忠明「初めて顔を合わせるが?」
義輝「・・・ノリが悪いぞ、ぬしら」
宗矩「はぁ、申し訳ありません」
忠明「初めて会うのに顔を覚えているわけがないだろう」
宗矩(将軍にタメ口を・・・!この人の、敬語を使う対象って・・・何を基準にしているんだろう)
義輝「信長はもっとノリが良かったのにな」
宗矩「の、信長公ですか?」
義輝「あ奴、80名という少人数で尾張から上洛して来て、京都観光のついでに余に会いに来たとぬかしおったのよ」
宗矩「なんて大胆な!」
忠明「型破りな人だったのだな」
義輝「うむ。全員金銀の鞘の太刀を佩いて、奇妙ないでたちで御所に押しかけてきたときは、面白かったぞ」
忠明「たしか、そういった派手ないでたちを、ばさら・・・とか言うな」
宗矩「・・・ばさらな格好って、室町幕府の初代の足利尊氏公が禁止していましたよね?」
義輝「そうだな。そういった格好をする者が増えたのも、幕府の権威が弱まっていた証拠だろう」
忠明「随分冷静なのだな」
宗矩「もっと苛烈なお方かと思っておりました」
義輝「余は、幼い頃から戦っては負け、再び戦い、都へ戻りまた負け・・・そうした父上のお姿を見てきた。幕府の力が衰えていたのは、嫌でも理解していたのさ」
忠明「だが、諦めなかったのだな」
義輝「当然だ。二百年続いた幕府を我が代でついえさせるわけにはゆかぬからな。だから、余は強くなろうと考えたのだ。誰もが矛を収めるような、そんな強い将軍になれば、争いも止むだろうと」
宗矩「伊勢守さまや、ト伝さまから兵法を習ったのは、そういった理由からなのですね」
義輝「最初は、己の身を守る為にな。足利家の将軍は、たびたび暗殺されていたし」
忠明「では、身を守る以外にも使ったのか?」
義輝「いや。結局、身を守る以外には使えなかったな」
宗矩「そうなんですか・・・」
義輝「時代はどんどん動いていく。なのに将軍家はその流れにすら乗れず、相変わらず周囲の大名の政争の具になるばかりで、京を出ることすらかなわない。余は、あせっていた。将軍家にも、新たな風を起こしたかったのだ」
宗矩「鉄砲の有効性に目をつけられたり、キリシタンの布教をお認めになったりしておられるのは、そういったお考えからなのですね」
義輝「今にして思えば、余はそうして自ら活発に動くことで身近にいた者を怖れさせ、我が身に刃を向けるように仕向けてしまったのだな・・・敵を作らぬが兵法の妙だと言うのに」
忠明「そのことに、一生気付かずに死んでいく兵法者も多いな」
宗矩「忠明殿っ!」
義輝「はっはっは!そうだな、余がそれに気付いたのは、館をぐるりと久秀の軍勢に囲まれたあとであったわ」
宗矩「・・・義輝公」
義輝「最後に一度、お師匠様たちに教わった技を思う存分使って散ってくれようと暴れたのは痛快だった。・・・母上や妻、家臣たちまで巻き込んでしまったのは申し訳ないが・・・」
忠明「あれだけの腕を、逃げることに使えば生き残れたかもしれないが」
義輝「兵法者が逃げることは、恥ではない・・・そう言いたいのであろうな」
忠明「・・・」
義輝「だが、武門の棟梁たる余がそれはできぬ。命を惜しまず、名を惜しまねばならなかったのだ」
宗矩「五月雨は、露か涙か、ほととぎす・・・我が名を上げよ、雲の上まで・・・ですか」
義輝「ふふ、我ながら良く出来た最後であったろう?」
忠明「真似は出来んな」
義輝「当たり前だ!あの死に様は余の専売特許なるぞ!」
宗矩「それは許可がいるんですか!?」
忠明「さすが、征夷大将軍。大物だな」
宗矩「褒めてるんですかそれ・・・」

おまけ~暴れん坊将軍in1500~
忠明「本当にやるのか?」
宗矩「大名の取り潰しにかこつけ、邪魔な流派も同時に潰せば、我らの指南役の座も安泰ですよ」
忠明「柳生、お前悪い奴だな」
宗矩「・・・ううう」

謎の声「その悪事、許すわけには行かぬな」

忠明「何奴!?」
<障子を勢いよく開くと、中庭が見える。ここで例のテーマのトランペット・ソロBGMがイン>
宗矩「何者だ!ここは将軍家兵法指南役、柳生宗矩が屋敷であるぞ!!」
浪人「愚か者、余の顔を見忘れたか」
忠明「む・・・・・・!う、上様!?」
宗矩「な、なんと」
義輝「そのほうらの悪事もこれまでよ、観念いたせ」
宗矩「え、ええい!このような場所に上様がいらっしゃるわけが無い!上様の名を語る痴れ者、斬れ斬れーい!」
<いっぱい出てくる斬られ役のみなさん。BGM、例の成敗するときのテーマ開始>
<あっさりやられていくみなさん>
宗矩「くっ・・・!」
義輝「成敗!」
忠明「させん!!」
義輝「ぬっ、お前・・・悪役なのだから素直にやられておれっ!台本と違うではないか!!」
忠明「うるさい!たとえ将軍だろうと、一刀流が負けるわけにはいかん!」
義輝「ふっ、おもしろい・・・全力でやろうではないか!!」
宗矩「カットカーット!!!はい、これでおしまいです!中止ー!!」

宗矩「ふぅ、危なかった・・・」
忠明「柳生」
宗矩「なんですか」
忠明「いい悪役だったぞ」
宗矩「・・・それはどうも・・・」

つづく

リアル暴れん坊将軍こと、足利義輝公でした。
童子斬安綱とか、大般若長光とか、国宝級の刀を畳に刺して戦ったラストシーンは有名ですね。鉄砲やキリスト教に興味を示しているところを見ると、先見の明があったのでしょうか。
義輝の最後は、様々な資料に見られますが、ネタ的な意味ではフロイスの大日本史の記述は面白いので、興味のある方は読んで見てください。フロイスのいい悪い判定基準は当然キリスト教なので、まぁ真偽はともかくわかりやすいと思います・・・。

次回は、義輝の異母兄とも言われる古今伝授の方です。
スポンサーサイト
剣豪さんいらっしゃい  /  tb: --  /  cm: --  /  △top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。