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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さんいらっしゃい~塚原ト伝のまき~ 

塚原高幹(1489~1571)
前名は吉川朝考で、塚原家に養子に入り塚原新右衛門高幹となった。
双子で、吉川常賢という兄がいる。
神道流を学び、後に「一の太刀」を習得し自流を創り上げる。それは後に「新当流」と呼ばれ世に広まる。
生涯3度修行の旅をしており、負け知らずであったという。
時の将軍・足利義輝や、その家臣・細川藤孝などのセレブな弟子もいる一方、斉藤伝鬼坊のような素性の謎な弟子もいた。晩年は、弟子に看取られ幸せな一生を過ごしている。

ト伝「次回から、卜伝先生の関東戦国伝が始まるぞ!」
宗矩「ちょ、ちょっとト伝先生」
ト伝「なんじゃ、一般人の知名度がほぼ無い兵法者よりも、氏康殿とか義重殿呼んだほうが視聴率が取れるじゃろ」
忠明「それは確かにそうだな」
宗矩「忠明殿!何をノンキに同意してるんですか!このままじゃコーナーが乗っ取られてしまいますよ!?」
忠明「なんだと!?」
ト伝「ちっ、ばれた」
忠明「剣聖だからと、横暴は許さんぞ!」
ト伝「おのれらがワシを呼ぶのが遅いからいかんのだ!!」
忠明「うぬ、ワガママだな!」
宗矩「経歴を見ると、かなりご苦労をなさっているようですが」
ト伝「苦労をしたら全員おとなしくなるんだったら、そこの可愛いのはもっと可愛いはずじゃろう」
宗矩「ああ・・・そうですね(東北の眼帯の人とか・・・)」
忠明「ええい、俺を可愛いと形容するな!」
ト伝「まったく、弥五郎と違って五月蝿いやつじゃな」
忠明「弥五郎・・・とは、師匠の名前!師匠を御存知なのか!?」
ト伝「三回目の旅の途中でちょっとな。あの頃はワシも有名人だったから、挑んでくる兵法者はそれこそ星の数じゃったし。その中でも、弥五郎は見込みのあるほうじゃったぞ」
宗矩「ト伝先生は生涯三回の修行の旅に出ておられるのですよね」
ト伝「うむ、十七の時と、三十二の時、最後は六十八だったな」
忠明「たいしたものだな」
宗矩「ちょっと真似できませんよね、全て10年単位の旅ですし。最初は大変だったのでは?」
ト伝「うん、供も少なくて少し不安だったが・・・何よりワシは若かった。見るもの聞くものみな新鮮でわくわくしたしな。だが、京に着いたときはその情勢の混乱ぶりに戸惑ったが」
忠明「すでに将軍家の権威も弱まっていた頃か」
ト伝「将軍家は常にその形骸化した権威を狙うやからに狙われていて、護衛を求めていた。調度その頃ワシは京都で兵法試合を行って少し有名になっておって、乞われるままに将軍家をお守りしたこともある」
宗矩「戦さで御活躍されたのは、その頃ですか?」
ト伝「戦さったって小競り合いみたいなもんで、二百も敵を倒したとか弟子が大げさに書いておるが・・・ま、それなりに活躍はしたぞ」
忠明「それで将軍家との繋がりが出来たのか」
ト伝「そう。そして、二回目の旅でワシは才気にあふれた幼い将軍の指南役を務めることになった。それが、義輝様よ」
宗矩「ト伝先生の目から見て、義輝公はどのようなお方だったのでしょうか?」
ト伝「幼いながらも、しっかりとした己の芯をお持ちで、兵法だけでなく政もよく学ばれ、御自分で行う快活な方であった・・・」
忠明「そのような人物であれば、足利将軍家は立ち直れたのではないか?」
ト伝「・・・お前たち、兵法の極意とはなんだと思う?」
宗矩「それは、戦わないことではないでしょうか」
忠明「出来るなら兵法を振るわない事が最良だな」
ト伝「そうだな。そもそも、兵法の考えは戦うためのものではなく、戦わずに済む方法の模索にあるとワシも思う。神道流の祖・飯篠長威斎先生は、笹を折らずに座ることで相手の戦う気持ちを逸らせてしまわれた・・・そうできることが兵法の奥義じゃろうなぁ」
宗矩「義輝公は、政敵である三好長慶を何度か暗殺しようとしたフシがありますね」
忠明「そうすることで、自ら相手に戦わせる気持ちを起こしてしまったということか」
ト伝「今となっては誰にも真実はわからん。だが、今でも後悔する事がある。どうしてワシは公方様に兵法とは平和の法であるという最も大事なことをお教えしなかったのかとな・・・それで、あのようなご最後を・・・ワシは」
宗矩「ト伝先生・・・なんだか急に落ち込んでしまわれましたね」
忠明「己が生きているうちに、弟子が先立ったのは辛いだろう」
宗矩「そうで・・・」
ト伝「・・・ワシは、あの最後は派手でカッコよくてよかったんじゃないかと思う!」
宗矩「えーっ!?いきなりなんて反応!?」
忠明「うむ。印象には強く残ったな」
ト伝「じゃろう。やはり、兵法者にはハッタリも必要よ。目立つことも重要だし、失敗を恐れてはいかん!失敗の先に更なる飛躍が待っている・・・こともある」
宗矩「さっきと言ってることが違う!!」
忠明「ふむ、すると義輝公の例は失敗ということか」
宗矩「はっきり言ってはダメです!」
ト伝「命がけで足利将軍の中でも上から数えるほど名が上がったから、師匠のワシとしては鼻が高いのじゃ」
宗矩「何を持ってよしとするかは人それぞれですが・・・ト伝先生が長生きされた理由がわかった気がします」
忠明「喜びも悲しみも受け止める度量の大きさがあるな・・・背丈のワリに」
ト伝「背丈は関係ないじゃろう!!おのれ・・・小童ども!」
忠明「ふっ、お返しだ」
宗矩「結構重い人生送られていると思うのですが、お元気ですよね」
ト伝「戦国時代に、細かいことでいちいちクヨクヨしてたら生き抜けないだろうが」
忠明「それはそうだな」
宗矩「それはそうですけどねー」
ト伝「まったく、柳生のは奥歯にモノが刺さったような言い方をするのぅ」
忠明「腹の中に黒いものを飼っているからな」
宗矩「うう・・・いじめだ・・・!」

つづく

というわけで、塚原ト伝でした。
本当に、この方は地元の鹿嶋市で愛されていて、地元の結婚式場では愛を誓った二人に「ト伝鍋」をオススメしたり、いつか大河ドラマ化を狙っていたり。対する伊勢守はまだ顕彰会が発足したばかりですが、両剣聖ともに盛り上がるといいですね。

次回は話題にも出てきた暴れん坊将軍にお出ましいただきます。
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