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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さ(略)~念阿弥慈音のまき~ 

今日のメンバーの信仰

念阿弥慈音(1350~?)時宗の僧兼兵法者。
柳生宗矩(1571~1646)臨済宗。禅の心を兵法に活かそうと工夫を重ねた。
小野忠明(1569~1628)曹洞宗。死ぬまで剣術一筋。

忠明「有髪の僧か」
宗矩「それに、太刀も佩いておられるんですね」
慈音「別に武装した僧なんて珍しいもんじゃないだろう。それに、俺は元は武士だしな」
忠明「確かに、僧も自衛していたからな」
宗矩「どのような経緯で、武士から僧になられたのですか?」
慈音「俺の父は相馬忠重と言った。俺はその四男で、名は相馬四郎だったな」
忠明「名のある武家の出だったのだな」
宗矩「相馬忠重殿は、新田義貞公に仕えた弓の名手でしたよね」
慈音「そう、誇れる父だ。だが、父は戦の中越前金ケ崎で殺されて俺たち家族の身も危うくなり、俺は乳母に抱えられて武蔵国に逃げたのさ」
忠明「金ケ崎というと・・・新田義貞公が敗北していく頃か」
宗矩「負けた新田方の武将はことごとく見つけられて処罰されたそうですからね」
慈音「俺は身を守る為に、相模藤沢の時宗の僧、遊行上人に7つの時に弟子入りして『念阿弥』になった。だが、父を殺された恨みが消えずにいた」
忠明「戦で討たれるのは武家の常ではないのか?」
慈音「そうかもしれん。しかし、その頃の俺にとっては、大好きな父を奪われ、住む土地も追われた憎しみしかなかったんだよ」
宗矩「幼いからこそ、純粋な怒りは消しがたいものなのかもしれませんね・・・」
慈音「俺は父の仇が誰かは知っていた。だからいずれそいつを倒す為に、ずっと独学で剣の鍛錬を行っていた」
忠明「執念だな。しかし、独学だけでは兵法は上達に限界がある」
慈音「ああ。それで京にのぼり、鞍馬山で天狗に兵法を習った」
宗矩「鞍馬山の天狗・・・まるで源義経公のようですね」
慈音「天狗に習った後は、16で鎌倉の寿福寺、18で筑紫の安楽寺で秘伝を授かって奥義を会得したのだ」
忠明「そんな短期間でそこまでの上達とは・・・!」
宗矩「それだけお父上の仇を討ちたい気持ちがお強かったんですね」
慈音「そうだろうなぁ。それで、自信もついたので、還俗して相馬義元となった俺は、ついに父の仇を討った。そして相馬家の家督も継いだんだ」
忠明「・・・武士にもどったはずなのに、なぜまだ僧なのだ?」
慈音「父の仇は討った。だが、気持ちは晴れ晴れとしなかった・・・兵法を無心に学んでいた頃のほうが、ずっと心地よかった。俺は兵法の使い方を誤った気がして、居たたまれなくなっちまったのさ」
宗矩「それで、武士を辞めてしまわれた後は・・・?」
慈音「家督は弟に継がせて、俺は改めて時宗に戻った。宗祖・一編上人は念仏を唱えながら各地を回り、念仏札を配りその伝播に務めたと言う。それで、俺もそれをやってみようと思ってね」
忠明「念仏のように、兵法をか?」
慈音「御名答。念仏札を太刀に持ち替えて、刀槍術の伝播を始めたんだよ」
宗矩「なぜ、僧行で兵法を教えようとなさったんです?」
慈音「兵法とは、殺生の為の技ではなく、己を活かす為の法だと感じたからだよ。相手に勝とうと思わず、負けても良いと思えばいい。相手を殺さず、自分も死なない。これが俺の出した結論だ」
宗矩「その考えを広めていけば、相争うことも無くなる・・・」
慈音「さぁて、俺の教えにそこまでの力があるのか、ないのか・・・ともかく己の得心がいったことを、理解してくれる皆に教えていただけだ」
忠明「それでも、兵法は人を斬るものだ・・・俺はそう思う」
慈音「それは間違いない。刀や槍はそういうためのものだ。だが、お主はそれを弱いものに振りかざしたりはしないだろ?」
忠明「当たり前だ。兵法者でないものを無為に殺めても、そんな行為は兵法を貶めるだけだ」
宗矩「他者を傷つける力を制御する、そうおっしゃりたいのですね」
慈音「そうだ。非力なものでも、身を守れるようにコツを教える。刀におびえずに済むように。怖れは人を狂わせるからな」
宗矩「念流が庶民に好まれた流派である理由も、わかる気がします」
忠明「非力なものに身を守る術か。そういった兵法もあるのだな」
慈音「ははっ、無駄に薙刀振り回す破壊僧よりゃ、ちったぁマシだろ?」
宗矩「はい!」
忠明「・・・」
宗矩「また何か考えてるんですか?」
忠明「さすがにお坊さまに勝負はなぁ・・・」
宗矩「・・・自重してください」

つづく

遊行上人とは、時宗において「諸国を巡って念仏をすすめる方」の尊称なのだそうです。
慈音は晩年「念大和尚」と名乗って「長福寺」という麻利支天を祀る寺を建てたそうで、長野県の阿智村には長福寺跡など慈音ゆかりの史跡が残っているようです。
慈音さんが時宗を信仰していたので、ついでに聞き手の指南役ダブルスの宗派も調べてみたのですが、それぞれの行動理念に合致しているなぁと興味深く感じました。

宗矩の信仰する「臨済宗」と忠明の「曹洞宗」は、同じ五大禅宗の一角です。ということを今回知りました・・・。
つまり、宗矩も忠明も座禅を組むのが日課だったということですね。宗矩はともかく忠明は意外でした。
ただ、臨済宗と曹洞宗の宗旨は違いがあります。
(付け焼刃なので間違ってたらすいません)

臨済宗は悟りを得るためには師に指導してもらうのではなく、座禅やお経などさまざまな手段で悟りへ至ろうという考えで、例えば茶道や華道の中にも悟りへの道があることになります。したがって、宗矩が禅と兵法を組み合わせて「活人剣」の道を模索するのも「悟り」への道だと言えるのではないでしょうか。

曹洞宗は、「無限の修行が成仏への道」で「ひたすら座禅すること」がもっぱらで、臨済宗のように「悟る為に座禅する」や「公案(擬似的な悟りを得る問答)」は殆どなく、一生修行です。たぶん、肉体が失われても修行するのでしょう。「即心是仏」は一刀斎の言う「一刀即万刀」にも似ているような。剣術をひたすら追求し続けた忠明の気性にあっている気がします。

慈音が自分を語る所は、一般的な慈音の逸話と時宗の宗旨から空想してみました。ちなみに、慈音が鞍馬山で教えを受けた天狗は、義経に剣を教えた「鬼一法眼」だとも言われていますが、時期を考えるとうそ臭いような・・・。ロマンはありますけど。
対象の人物の細かいところを調べてみると、色々と発見があってまた面白いですね。

次回は、友松偽庵さんです。

拍手ありがとうございます!
小幡景憲はすっかり三枚目です。わりと動かしやすいので、忠明とセットで活躍するのもいいかもなぁと思っております。

ACE:RのPVキタコレ!全く、ムービー実写とか、フロム手抜きもいいとこだっての・・・アーマード・コア4も実写ばっかで酷いもんだったよ・・・全く、実写にしか見えん。PS3の本気はすごいなー。
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