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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さ(略)~佐々木小次郎のまき 

佐々木小次郎(?~1612)
素性が謎の剣豪。一般に有名な逸話は小説などの影響が大きい。
愛刀は「備前長船長光」。
諱が不明なので、号の「巌流」を漫才コーナーに使用しますが、これも色々謎があるとか。
ミステリアスな剣豪と言うとグッとかっこいい。

忠明「何が違う」
宗矩「小次郎殿は、富田勢源殿や鐘捲自斎殿に剣を学んだ方ですよ?あんた後輩じゃないですか」
巌流「あっ、そう言えばそうです」
忠明「すると・・・師匠の同輩ということか!」
巌流「弥五郎殿とは、自斎さまの所で少しの間一緒に修行をしましたね」
宗矩「ほら、ごらんなさい」
忠明「む、すまん」
巌流「ははは、おっちょこちょいで素直なところは、弥五郎殿によく似ておられる」
宗矩「・・・申し訳ありません、いつもこの調子なので無視してくださって構いませんので」
巌流「いえいえ。忠興様よりお噂はお聞きしておりますから、じかに拝見できて楽しいですよ」
忠明「忠興殿から?」
宗矩「・・・(ろくな噂じゃないんだろうなぁ)」
巌流「向かうところ敵は無く、兵法者はみな恐れをなして逃げ出すと」
忠明「ふっ、それはそうだろうな」
宗矩「向かうところ問題ばかりで、幕臣はみな頭を抱えて現実逃避するの間違いじゃないんですか」
忠明「うるさい!!」
巌流「兵法のみで確固たる地位を築かれたのは素晴らしいと思いますよ」
忠明「佐々木殿もそうではないのか?細川家に仕官できたのだろう」
巌流「まぁ、そうですね」
宗矩「細川家にはどういった経緯で仕官なさったのでしょうか?」
巌流「御存知かと思いますが、細川家は幽斎様も兵法の達人であり、腕の立つ兵法者を多数スカウトしていたのです。私も、一応『巌流』を創始した兵法を見込まれて」
忠明「巌流というと、"燕返し”が有名だが、どんな技なのだ?」
宗矩「他流派の奥義をサラッと聞き出そうとして・・・」
巌流「ん~、技の名前から御想像ください」
忠明「備前長船長光は、刃渡り三尺三寸の大太刀だから、刃渡りの長さを活かせる技なのだろうな」
宗矩「大太刀を自在に扱うには、相当の膂力が必要でしょうね」
巌流「中条流は主に小太刀を得意とする兵法ですから、私が興した巌流の技は異端に見えるでしょうねぇ」
忠明「要は、刃渡りに合わせて合理的に考えられた体さばきの方法だから、突き詰めれば刃渡りの長短は関係ないと思う」
宗矩「それに、18歳で巌流を開かれたんですよね。たいしたもんですよ」
巌流「いやー、はははは、若気の至りですよ」
忠明「どういうことだ?」
巌流「人と同じことをするのが嫌!って頃があるでしょう?小太刀ばかり習って、だったら大太刀を使う流派を立ててやる!人と違うんだ!・・・とね、いやぁ、お恥ずかしい」
宗矩「なんかすごく気持ちはわかります・・・あたりまえの日常を嫌だと思うことあるんですよね」
忠明「ふーん、そうなのか」
宗矩「忠明殿は・・・」
巌流「弥五郎さんとそういう部分もそっくりですね、一途で周囲に流されずに歩める強さ。うらやましいことです」
忠明「そうか?」
宗矩「一般的兵法者は、武家社会の中で兵法のみで身を立てることの難しさに直面しますからね」
巌流「まさに、私がそうでしたね。単なる兵法指南役が、妙に人の支持を集めたことで・・・結果として我が身を滅ぼすことになるのですから」
忠明「宮本武蔵殿のことか?兵法勝負は兵法者の常だろう」
宗矩「しかし、武蔵殿との立ち合いの様子は、資料を見ても色々と疑念を生じさせるものではありますよ」
忠明「どういうことだ?」
巌流「さて、私の口からは何とも申せません」
宗矩「詳しいことはわかりませんが、巌流島の場所は島のない場所だったり、資料によって戦いの内容に違いがあったするのです」
忠明「どうもはっきりしなくて気持ち悪いな」
巌流「まぁ、真相はどうあれ、印象に残る名勝負として後世に残ったのですから、兵法者冥利に尽きますよ」
宗矩「大抵は、負けて命を落としても、名前すらわからず消えていく兵法者ばかりですからね」
忠明「・・・」
宗矩「どうしたんです?難しい顔をして」
忠明「武蔵め、せっかく俺が勝負してやろうと言ったのに、無視して小次郎殿に勝負を挑むとは・・・」
巌流「本当に、色々な意味で危ない方ですからね・・・小野殿は」
宗矩「私がひたすら逃げる理由もわかっていただけるでしょう?」
巌流「お疲れ様です」
忠明「それもこれも、お前が勝負をしないからだ」
宗矩「いつまで経ってもその調子だからですよっ!」

巌流「・・・仕官して、勝って、負けてと、様々な形で我々は後の世に語り継がれています。皆さんは我々のどんな生き様に浪漫を感じるでしょう?様々な剣豪同士の勝負に、想いを馳せてみてください」

宗矩「ああっ!すみません、お客様に締めの言葉を・・・!」
忠明「なかなか抜け目無いな」
巌流「ふふふ、隙を見たら打ち込みませんとね」

つづく

巌流を中条流に突っ込んだのは無謀でしたでしょうか・・・?
伊東一刀斎とは史実としては何の関わりもありませんが、自斎の所で顔を合わせていたら楽しいなぁと思って捏造してみました。

巌流島の決闘は有名ですが、佐々木小次郎の素性と人生を感じさせる確かな資料は殆ど残っていません。
武蔵との対決では、敗死したとも、立ち合いに負けたところを武蔵の弟子に殺されたとも言われています。
出身地候補は、福岡県と福井県の二つ。富田勢源や鐘捲自斎に剣を学んだのなら、福井県生まれを推したい所です。
佐々木小次郎を考証しているサイトさんなどもあるようなので、今後の研究とか、新解釈の小説とかを楽しみにしたいと思います。

とりあえず、拙サイトでの佐々木小次郎さんは、武蔵との勝負では60代の老人と言うことで参ります。

次回からは、「念流」の方々です。おそらくお初か一回しか描いていない方ばかりです。
世間様一般からはマイナーな人物ばかりの御紹介となっていますが、たまに頂く拍手にやる気も衰えずにやらせていただいております!ありがとうございます。

拍手ありがとうございます~!
コメントくださった方も嬉しいです!後日お返事させていただきます。
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