FC2ブログ
10« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»12

行き当たりばったり 道中日記

  // 

信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告  /  tb: --  /  cm: --  /  △top

剣豪さ(略)~富田勢源のまき~ 

宗矩「今回は、富田流の中でも盲目の剣豪として有名な富田勢源殿にお越しいただきました」
勢源「どうも、よろしくおねがいしますよ」
忠明「・・・」
宗矩「忠明殿、近づきすぎですよ」
忠明「・・・見えないとか言うが、本当なのか?」
勢源「正確には、すべておぼろげに輪郭がわかるだけかなぁ。目の前に来ているようだが顔の詳細はさっぱりだね」
忠明「いつから見えぬのか?」
勢源「うーん、三十路を過ぎたころから、ぼんやりしてきたね」
宗矩「その頃に、家督を弟の景政殿に譲られたのだとか」
勢源「あれは人もいいし、家もよく守れる。私のほうは、見えなくなって気楽な立場になったよ」
宗矩「家督を譲られて、出家なされて勢源と号されたんですよね」
勢源「うん、そう。主家・朝倉家の知己である朝倉成就坊殿のところに滞在したりしながら、気ままに兵法三昧の日々さ」
忠明「その兵法を、人に伝えることはしなかったのか?」
勢源「乞われれば教えたさ。ぬしの師の自斎も、私の弟子だったじゃないか」
忠明「あ・・・師」
宗矩「まどろっこしいから後で言ってください」
忠明「ぬぅ!」
宗矩「そのように目を患われた状態で、梅津某との試合をされて勝たれたと聞きますが」
勢源「あー、あれは実に迷惑な一件だった」
宗矩「と、言われますと?」
勢源「斉藤義竜殿のところの指南役をやっていたんだよ、あの梅津殿は」
宗矩「ああ・・・それは面倒ですね」
忠明「そうか?」
宗矩「・・・大名の家臣の腕を平気で再起不能にした、忠明殿には理解しづらいですかね」
勢源「ただでさえ、うちは他流試合は基本しないし、おまけに斉藤家がらみの相手は色々と遺恨が残りそうだったし、散々断ったんだけど」
宗矩「だいたい、こちらの都合を無視して挑んでくる相手は性質が悪いですから、あきらめないんですよねぇ」
忠明「・・・なぜ俺を見る」
勢源「個人的に言ってくる分にはいいのだけど・・・そうそう、成就坊殿はこのころ、朝倉家が斉藤家へ異心なしという証拠に美濃へ住んでおられてね・・・義竜殿から成就坊殿へ、私に梅津と試合をするように働きかけてきたんだよ」
宗矩「そうなると、断りきれませんね」
忠明「主君の威を借りて無理な試合とは、底が知れる相手だ」
勢源「いやいや、梅津は私が断ったのを恐れをなしたとあなどり、こともあろうに主君をおろそかにする発言をしてしまって、義竜殿がその言葉に面目を傷つけられたという裏があるらしい」
宗矩「これですね・・・『拙者にかなわぬと思ったか。まぁ、無理も無い。拙者はたとえ主君の義竜様が相手でも、手加減などしないからな』・・・これは、まずいですねぇ」
忠明「前言撤回だ、人としての底も出来ていない奴だな」
勢源「まぁまぁ、世の中いろいろな考えがあるもんだよ。たまたま、運悪く戦うハメになっただけで」
宗矩「そして、見事に勝たれたわけですが・・・」
忠明「その後はどうしたのだ?」
勢源「ん、逃げた」
忠明「あっさりしているな」
宗矩「義竜殿から、望むままの銭と小袖を与えるとの申し出もあったそうですね」
勢源「そう、だから、逃げた」
忠明「受け取ったら面倒だからか」
勢源「せっかくの気楽な隠居暮らしが台無しになるからね」
宗矩「直後は良くても、あとで何をされるかわかりませんしね」
忠明「状況を考えると、義竜殿にはどちらが勝ってもあまり聞こえのいい話しではないか」
宗矩「おお、珍しく的確な分析ですよ。えらいえらい」
忠明「そうだ、俺はやればできるのだぞ」
勢源「名の通った兵法者が近くに居るだけで、こういう面倒があるものだ、が・・・」
宗矩「が?」
勢源「・・・いや、あんたがたはまことに稀有な存在だなぁ、と」
忠明「俺は勝負がしたいのだ、こいつと。だが、こいつが逃げるからいかん」
勢源「その割りに、梅津のように策をろうしてでも戦おうとはしないのだな」
宗矩「いえいえ、そもそも、同じく徳川家に仕える身ですし!」
勢源「ふむ、ま、そういうことにしておこう。では、面白いものも見れたし、そろそろ失礼するよ」
宗矩「えっ、あ、ありがとうございました」

宗矩「・・・飄々とした方でしたね」
忠明「目が見えない割には、不自由さが全く無い、相当の腕前だな」
宗矩「なにか、勘違いされたし」
忠明「お前が俺と勝負をしないからだ」
宗矩「忠明殿がいくつになってもその調子だからじゃないですか」
忠明「なんだと!?」

つづく

「とだ」は「冨田」とも書く場合があります。中条長秀からの流れは、

甲斐豊前守広景→大橋勘解由左衛門高能(広景の弟子)→山崎右京亮昌巖→富田九郎左衛門長家(勢源の祖父)

といったかんじです。山崎家は、次回の富田重政に関連のある家なのでまた御説明いたします。富田家に伝わった中条流は、別に「富田流」とも呼ばれました。勢源の弟子の一人が、鐘捲自斎で、一刀斎の師になった人です。
伝わっている富田勢源の肖像画は、目を白く塗りつぶしてあります。色を入れないのではなく、黒目の部分にわざわざ白い色を塗りこんであるのが印象深いと思います。(本にある白黒のものしか見ていないのですが、それでもわかるほど塗ってあります)
勢源の眼病は不明ですが、見た目の症状からすると白内障なんでしょうか?

拍手をありがとうございます。
遅くなりましたがお返事です。

結崎さま
どうもです!
無事に拙絵をお届けできてよかったです~。
モタモタしてたらお渡しするタイミング逃してしまってもう、オタオタしておりました(汗)
剣豪ネタにも嬉しいお言葉、励まされます!
いつもいつも、自分が楽しいだけのネタなので、他の方にも喜んでいただけると調子に乗ります(笑)
また、リクやら絵ちゃやら、お暇な時は遊んでやってくださいー。
ありがとうございます!!
スポンサーサイト
剣豪さんいらっしゃい  /  tb: --  /  cm: --  /  △top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。