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行き当たりばったり 道中日記

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信長の野望に登場する戦国武将・剣豪・その他徒然の、ゆるい風味の紹介動画を作成しています。

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剣豪さんいらっしゃい~愛洲久忠~ 

愛洲久忠(1452~1538)
号は移香斎。陰流の祖。
伊勢の愛洲氏の出。愛洲氏は熊野の海賊の一党で、愛洲久忠も若い頃は海賊家業をやっていた・・・かもしれない。
また、36歳の頃に鵜戸の岩屋に参篭して、そこで猿の幻影を見て剣の極意を得たと言われている。(猿ではなく蜘蛛であったとも言われる)伝説では、猿は神の化身で、移香斎に一巻の秘伝書を授けたとも伝わっている。
剣聖・上泉信綱の師の一人とも言われ、伊勢守に新陰流を開かせるきっかけとなった(久忠の息子に師事したという説もある)

※そんなわけで、海賊前提の捏造話でお送りします。

久忠「兵法を愛する愛洲久忠や!みんなよろしくなぁ!」
忠明「・・・柳生よ」
宗矩「・・・おっしゃりたいことはわかります」
忠明「15世紀生まれはこんな方々ばかりなのか」
宗矩「いや、そんなことは・・・ないといいですが」
久忠「ごめんな、海外渡航経験もあるワシのハイセンスについて来れないかぁ~」
忠明「ああ、あまりにもすっ飛び過ぎてて」
宗矩「ははは、まだまだ若輩者で!すみませんねぇ」
久忠「うん、かまわんよー。こういう状態慣れてるから」
忠明「さすがに陰流の祖だけあって、とらえどころのない方だな」
宗矩「新陰流の原型となった流派ですよ、陰流は」
忠明「ふむ、納得できた」
宗矩「・・・どういう意味です」
久忠「ワシ、若い頃はやんちゃやったのよー」
忠明「話の流れを無視しているな」
宗矩「忠明殿に言われるとは、世も末ですね」
忠明「なんだと・・・?」
久忠「うちの家って代々由緒正しい海賊やっとるのよ」
宗矩「え、伊勢の国司では」
久忠「あー、やったこともあるけど、基本海賊なんや」
忠明「海賊か、楽しそうだな」
久忠「楽しい楽しい、海は広いし、魚はうまいし、腕次第で取りたい放題だし」
宗矩「まさか、海外渡航経験とは・・・」
久忠「うん、明国の船とか襲ったりした」
宗矩「あああ・・・」
忠明「かっこいいな・・・」
久忠「ふっ、見せたかったわぁ、ワシの男ぶりを」
宗矩「で、でも、ずっと海賊をやってはいなかったんですよね」
久忠「うん。海賊よりも兵法やるのが楽しくなってきたから、修行の旅に出てな」
忠明「最初はどんな兵法を?」
久忠「念流やねー。もともと剣術の素質あるって、習ってたから」
宗矩「旅は順調だったのですか?」
久忠「最初はなー、連戦連勝で意気揚々と瀬戸内から都へ出たんやけど・・・そこでこっぴどく負けてなぁ」
忠明「初めての敗北だったのか・・・」
久忠「それまで負けなしだったもんやから、そりゃもう落ち込んで・・・都を逃げ出して、気が付いたら日向の鵜戸神宮にたどり着いておった」
宗矩「確か、鵜戸神宮はかつて念流の祖・慈恩様が流派を興したと伝わる土地ですね」
久忠「不思議なこともあるもんやなぁ、ふらふらとたどり着いたのが、あそこだったなんて」
忠明「そこで修行をしなおしたのだな」
久忠「これも神さんのお導きと、イチから出直してな。そうしたら、ある日鵜戸の岩屋で眠っていた時に、一匹の猿がワシの前に現れた」
宗矩「その猿から、陰流の技を?」
久忠「うん、ふっと思い浮かんだんだな、新しい剣術の形を」
忠明「そういえば、陰流には猿飛という技があったな」
宗矩「目録にも、猿が刀を持った挿絵があったような」
久忠「印象的な出来事だったからなー」
宗矩「一説には蜘蛛に教えられたともありますけど」
久忠「ああー、ないない、ワシ蜘蛛嫌いだものー。ないわー」
忠明「蜘蛛は刀が持てんぞ、柳生」
久忠「おっ、ジローくんいい打ち込みやな!」
忠明「そうか?」
宗矩「・・・変なこと聞いてすいません(なんか今日は置いていかれてばっかりだ)」
久忠「ワシの弟子の・・・大胡の若さんなんか、ノリもツッコミも全部どこ吹く風で、正直驚いたもんや、天然ボケもあそこまで行くと天才やな」
宗矩「大胡の、って伊勢守さまですか」
久忠「そうそう、あの子も新陰流なんて立派に自分の流派創って偉いもんやね。陰の文字を入れてくれるあたり、嬉しいなぁ」
忠明「あれは嬉しいな。自分の教えてきたものを尊重してくれているのだと感じる」(一刀流には○○一刀流がたくさんあります)
宗矩「・・・」
久忠「ムネちゃん、将軍家御留流になったこと後悔?」
忠明「将軍家にしか教えられないからな、江戸柳生は」
宗矩「いえ、選んだ道ですから」
久忠「寂しかったら入ってもいいんやで?剣を愛する愛洲の会に」
忠明「それはいらん」
宗矩「それは遠慮しておきます」
久忠「これだから16世紀生まれのの若いもんは・・・ノリが悪いわぁ」

つづく

鵜戸神宮は、宮城県にある神社です。推古天皇(在位・593~628)の頃に岩屋が掘られたんだとか、歴史の古い神社です。祭神は「ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと」というやたらと長い名前の神さまで、夫婦円満・農業・安産などの神さまとして信仰されているそうです。そして、前述のアホ会話の中にもあるとおり、「念流」の祖と言われる念阿弥慈恩が若い頃に鵜戸神宮の岩屋で修行を積んだと言われています。

ちなみに、愛洲移香斎が若い頃に念流を習得していたというのは、慈恩の弟子の「猿の御前」が愛洲移香斎の先祖だという説があるのでそこから取りました。この説自体は信憑性は確認できないので、自分の中では単に念流を習っていただけという設定にしています。

・・・慈恩さんもいずれはちゃんと出してみたいですね。まだ像が結べないですが。
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